僕の珈琲遍歴~昔の喫茶店の思い出から、コーヒーの楽しみ方まで~

                          大谷短期大学・道民カレッジ連携講座(2015年10月20日)
 

 始めまして、五嶋と申します。私は名前を二つもっていまして、本名は五嶋張佳といいますが、もう一つ、五嶋純有という名前も持っています。これは、小説を書くときのペンネームです。十勝毎日新聞で小説を発表する時などは、こちらの名前を使っていますが、今日のパンフレットも、この「五嶋純有」の方を使わせていただいています。

 さて、今話したように、私の趣味は小説を書くことなんですが、もう一つ大事な趣味を持っていまして、それはコーヒー豆を自家焙煎することです。
 焙煎について若干説明しますと、ご存じの方もいらっしゃるかと思いますが、そもそもコーヒー豆は、熱の加えられていない「生豆」の状態で日本に輸入されてきます。これは、コーヒーの木の赤い実の、皮や果肉の部分をそぎ落として、種の部分だけを乾燥させた、薄い緑色をしたものです。
 それが、60キロ、70キロの麻袋に詰められて、日本に輸入されてきます。それをUCCだとか、キーコーヒーだとか、ミツモトコーヒーだとかいう大手のコーヒーブランドが大量に焙煎してスーパーに売ったり、カフェに卸したりしています。また個々の喫茶店が生豆を入手して自分の焙煎機で焙煎して、その豆でコーヒーを淹れてお客さんに出しているという実態もあります。
 さて、私は、その薄緑色の生豆を手に入れて、自分で焙煎して、その焙煎したコーヒー豆で、毎日コーヒーを落として飲んでいます。そんな、悦楽的で自己満足的なコーヒーライフを楽しんでいるというわけです。
 ですから、私自身は、コーヒーのプロではありません。まったく趣味でコーヒーを楽しんでいるだけの男ですから、そんな専門的な知識も技術も持ち合わせてはいません。持ってるのは雑学的な薄くて広い知識と、自己満足的な技術だけです。
 ただし、裏を返すと、ごくごく普通の素人さんでも、日々の暮らしの中で、これくらいのレベルで、コーヒーを楽しめるという参考になるかと思います。そういった観点で、本日の私の話を聞いていただければありがたいと思います。

 それで、本日の講座の内容ですが、次のようなプログラムを考えています。
① 私がコーヒーと出会った頃、帯広市内にあった喫茶店の思い出。コーヒー好きの方であれば、きっと似たような喫茶店を巡っていたのではないかなあと思います。そんな話で、昔の喫茶店のことを、一緒に思い出していただければと思います。
② 次が、私が、いわば焙煎というものと出会って、それに取り組むようになった話をさせていただきます。焙煎作業というのは、生豆とガスコンロと、豆を熱する鍋があれば簡単にできることなので、できればここで実際に手焙煎の様子を観ていただきたかったのですが、この会場は火気厳禁だということなので、ビデオで撮影した様子を見ていただこうと考えます。
③最後は、コーヒーをドリップする幾つかの方法についてお話しした上で、コーヒー豆をここで挽ひいて、その後コーヒーをドリップで淹れて、皆さんに試飲していただこうと考えています。コーヒーを美味しく淹れる実践的な方法といったものを、ノウハウとして皆様にお教えできればいいなあと考えています。
 また、それぞれの話の中に、コーヒー豆にまつわる雑学を、要所要所で随時入れていきたいと考えています。

 まずは、昭和40代頃の喫茶店の話です。
 私が高校に入学したのが昭和45年の4月でした。1年生くらいの頃は、まだ真面目だったので、駅前にあった柳月のパーラーだとか、西2条9丁目の当時「帯広千秋庵」2階の喫茶室、また西2条8丁目、古い藤丸百貨店の北側に隣接していた「竹屋」の2階の喫茶室なんていうのが定番でした。当時は、いわゆる「純喫茶」か「パーラー」というところしか、高校生だけでの出入りが許可されていなかったんです。
 でも、高校2年生くらいから、先生方に隠れて、市内あちこちの喫茶店巡りをするようになりました。時には、好きな女の子と二人でという時もないわけではありませんでしたが、だいたい7割は男だけ、残りの3割は男女混じったグループでというのが正しいところでしょうか。まあ、そういった中で、僕らはコーヒーの味というものを覚えたり、時にはタバコの味を覚えていった、時には恋愛のワクワク感を味わったり、失恋の哀しさを味わったりしていったわけです。
 ですから、僕にとっては、喫茶店、コーヒーというものが、それだけで単独に存在しているのではなくて、仲のよい男友達だったり、好きな女の子だったり、そんな人たちとの関わりの中で、喜怒哀楽の感情や記憶を纏った青春時代の様々な思い出が、ごった煮状態で混ざり合い、つながりあっているというわけです。

 皆さんもご存じのように、当時、帯広駅前から西2条8丁目あたりにかけて、たくさんの喫茶店がありました。店内では、いつも誰か彼かが、美味しそうにコーヒーを飲んでいたり、タバコを吸ったり、一人で雑誌や漫画や本を読んだり、楽しそうにお喋りする人がいたり、また店主と親しそうにコーヒーの話などをする人もいました。
 喫茶店が、暇そうな人が集まってきて、時には憩ったり、文化交流をしたりという、そういったサロンとしての機能を持っていた時代でした。
 高校生の私が、たまり場として一番訪れたのが、西2条11丁目、通りに面した2階にあった「ブルボン」です。特別美味しいコーヒーが飲めたわけではありませんが、まあまあ広い店内で、コーヒー1杯で1時間でも2時間でも居られたというのが、そこを頻繁に訪れた一番の理由だったかもしれません。
 高校生として、よく訪れたと言えば、駅向かいにあった、「葡萄」もそうです。窓から、駅前の広場や駅舎を眺められて、ある種、旅情の気分を味わえるので、柏葉高校の文芸部の仲間たちと、よく通った記憶があります。
 当時、本格的なコーヒーが飲める店として賑わっていたのが、駅舎の2階にある「飛鳥」でした。一般的な喫茶店のコーヒーは、苦いことは苦いものの、カップの底が半透明に見えるような、そんな薄目のコーヒーが多かったのですが、ここは、見た目からして液体が濃厚でチョコレート色をしていて、実に苦みの深いコーヒーを出していました。私のおぼろげな記憶では、茶色をしたザラメ・タイプのコーヒー用の砂糖を出した最初のお店はここではなかったかと思います。ここは、話をするためというよりも、コーヒーを飲むために集まってきている人が多かったように思います。
 西2条9丁目、古い藤丸百貨店の西側の裏通り側にあったのが、名曲喫茶「ウィーン」です。いつもクラシックが流れていて、そこで音楽を聴きながらコーヒーを飲んでいると、クラッシックがわからなくても、自分が品の良い文化人になったような錯覚に陥ったものです。この「ウィーン」は、現在の藤丸ビルが建つのに伴い、一度は西6条西6丁目の角地に移りますが、現在は、帯広市民文化ホールの2階で、今も奥様がお店を開いています。
 ちなみに、ここで使っているコーヒー豆は、西1条6丁目の角にある「アリタコーヒー」さんで焙煎してるものです。ここは、喫茶店も併設しているので、訪れた方もいるかもしれませんね。
 喫茶店の場合、コーヒーの入れ方は、いわゆるネルと呼ばれている布によるドリップ式が主流でしたが、アルコールランプの炎によるサイフォン式の喫茶店も、帯広市内に幾つかありました。
 私が行ったことのあるのは、西2条7丁目の、当時はブラザービル(現在はカラオケビルとなっています)の南側に狭い路地があって、そこを西に向かって入っていくと、「珈琲園バンカム」という喫茶店がありました。ここは、現在、西5条北2丁目の角で、現在もお店を開いています。聞くところによると、現在もサイフォンでコーヒーを淹れてるそうです。
 また、西2条9丁目の東側に面している伊香保ビルの地下1階に「街」という、サイフォンコーヒーの店がありました。ここにも、柏葉の文芸部の仲間達とよく訪れた記憶があります。どういうわけか、個人的な恋愛相談は、だいたいこの場所でした。
 さて、もう一つ、絶対に触れておかなくてはならに喫茶店があります。広小路の西2条と西3条の間の通りに面したコンビクションビルの2階にあった「琥珀」です。 この店は、いつもクラシックが流れていたんですが、一番の有名な理由は、鹿追の画家・神田日勝が、まだ生きていた頃、帯広に出てきて画家の仲間達と語り合うのに、いつもこの喫茶店を使っていたという点にあります。そのせいか、この店の壁には、神田日勝の絵が、何枚か飾ってありました。「王林」と思われる緑色のリンゴの皮を剥きかけた静物画や、雪を被ったサイロのある納屋を描いた風景画などが、今も記憶にあります。
 僕が通った当時は、まだ自家焙煎していませんでしたが、その後、焙煎機を買って、自分で豆を焙煎しながら、その豆を販売しながら、お店を経営されておられました。
 ここの豆の味の特徴は、ちょっと口に残るような苦みがある点でした。その後、店主の鈴木章さんと話すことがありましたが、他の店と違った特徴を出すために、わざと、そのような苦みのある豆を焙煎して出していたそうです。
 このお店は、つい7年ほど前まで営業していたので、帯広の中心街に買い物などで出かけていくと、よく通っていた喫茶店です。あんまり人が混んでなくて、週刊誌などの雑誌も豊富に置いてあって、一人でも心地よく、長時間コーヒーを飲んでいられる店でした。このお店とは、また別の繋がりができますので、それは改めて後ほど話をします。
 さて、昔の喫茶店の話は、とりあえず、ここでいったん終わらせていただきます。こんな話、どこまで続けていっても終わりがないので。

 さて、その後大学に進学して、貧乏な学生生活を送るわけですが、一点豪華主義なんてうそぶいて、コーヒーだけは、豆を買ってきて、手で挽く器具で豆を挽き、一杯ずつネルドリップで落として、飲んだりしてました。また、当時、名古屋にも「コーヒー専門店」なるお店が出てきて、そんなお店で、訳知り顔にコーヒーを飲んだりしてましたが、まあ、ほとんどコーヒーのことなどほとんど何も知らなかったというのはホントのところです。

 本格的にコーヒー豆について勉強をし出したのは、今から10年ほど前のことになります。
 札幌の地下街、大通りからススキノへ向けてのポールタウンの、最もススキノよりの端に「美鈴珈琲」という喫茶店があります。娘や息子が札幌の大学に進学して、しょっちゅう札幌の街をブラブラしてましたが、そのお店の入り口横に、20~30種くらいの珈琲の生豆が並んで置いてあるのを見つけました。入り口の奥には、ジェットロースターという縦長の超高速の焙煎機が設置してあって、お客さんの注文に応じて、その場で好きなコーヒー豆を100g、200g単位で焙煎してくれます。それも、注文してから焙煎し終わるまで、ほんの2、3分です。
 当時、わけも分からず、100g千円くらいもするブルーマンブレンドを、200gほど焙煎して貰って買ってたりしました。焙煎したての豆というのは、なんとも香ばしく、馥郁たる香りが漂ってきて、豆の入った袋を持ち歩いているだけでも、心満たされる幸せな気分になります。もちろん家に持ち帰って、日曜日の朝などに、その豆を手で挽いて、紙ドリップで落として、薫り高いコーヒーを飲む時の幸せ感と言ったら、それは例えようもないくらい良いものです。
 それで、2ヶ月か3ヶ月おきに札幌に出かけていくたびに、美鈴に寄ってブルーマウンテンブレンドを焙煎して貰って、それを買って帰ってくるという生活を2、3年ほど続けました。
 ところがそのうち、インターネットで色々と調べていると、コーヒーの生豆を入手して、ガスコンロの火を使って、自分で手焙煎できるということを知りました。そのための専用の網だとか、小鍋なども売られています。それで、自分でもやってみたいと思うようになり、その後コーヒー豆のこと、焙煎のこと、またドリップの方法などを、本格的に勉強するようになっていきました。
 そして、実際に生豆を入手し、安い鉄製の鍋に穴を空けたものを作り、車庫の中で、ポータブル用のガスコンロで熱してみると、ほんとに焙煎できました。薄緑だったコーヒーの生豆が、ガスの炎で15分ほど熱することで、私達が普段見る焦げ茶色のコーヒー豆に変化させられた時の感動というのは、これは例えようもなく大きいものでした。
 そうやって、勉強したり、実際に焙煎したりする中で、コーヒー豆に関する知識について、色々と自分が欺されていたこと(あるいは、勘違いしていたこと)が沢山あったということに気づかされました。

 寄り道になりますが、少しコーヒー豆についての話をさせていただきます。
 街の百貨店やショッピングセンターなどに出かけると、ヨシダだとかキーコーヒーだとか、コーヒー豆を売ってる店があります。
 豆の入ったケースを見ると、「コロンビア、適度な酸味と、ほどほどの苦みとのバランスがよい」とか、「マンデリン、酸味が弱く、強い苦み」とか、「ブルーマウンテン、香りが良く、爽やかな酸味と、あっさりした苦み」なんていう説明書きがついています。そんな説明書きがあるので、私達は、もともと豆自体に、「あっさりした酸味」だとか「強い苦み」というものが、備わっていると思い込んでいるわけです。
 でも、自分で焙煎するようになって、そんなことは全くの嘘っぱちだったということがわかりました。生豆は、もともと果実の種ですから、果実としての酸味を含んではいますが、苦みなんてまったく含んでいません。
 コーヒー豆というのは、焙煎時間を長く続けるほど、本来持っている酸味を少しずつ失っていき、時間と共に火に炙られて焦げていくわけですから、それに応じて、だんだんと苦みが増していくわけです。ですから、同じ豆でも、焙煎を短くすれば、果実らしい酸味の強い味わいになりますし、焙煎を長くすれば、酸味のまったくない、苦みの強い味わいになります。酸味、苦みの傾向というのは、あくまで、焙煎時間との関わりで生まれてくるものなのです。
 だったら、豆の種類によって何が違うのかというと、その果実が持っている、本来の香りとか、風味の傾向が違うということなのです。

 私の経験によると、ジャマイカ、ハイチ、ドミニカ、パナマあたりの中米の豆は、果実らしい、あっさりと、スッキリとした風味があります。ジャマイカで取れる、かの有名なブルーマウンテンにしても、はっきり言ってしまえば、どこと言って特徴のない、あっさりした風味の豆にすぎないのです。その、あっさりした味わいを、誰かコーヒー業者の人が、ブルーマウンテンは世界一美味しいコーヒーだなんて宣伝しまくったので、有名になっただけの話なのです。お陰で、我々庶民には手も出せないほどの高値がついていしまいましたが、別にコーヒー通を唸らせるほど、めちゃくちゃ美味しい豆ということではないと、僕は思っています。 
 対する、インドネシア、ニューギニア、ベトナムなどの東南アジアで取れる豆は、土臭さというか、熱帯雨林っぽい生臭い匂いがこもっていて、独特の味わいがあります。愛好者の多い、インドネシア産のマンデリンなんて豆も、好き嫌いがハッキリと分かれる、鼻につく独特の味わいがあります。
 またアフリカと言えば、イエメンやエチオピアなどで生産されている「モカ」が有名です。これは、南米にも東南アジアにもない、独特の甘ったるい優しい香りがあるので、女性を含めて、「モカ」ファンという人たちがいます。
 この「モカ」という名前は、イエメンで生産された豆が「モカ」という港から積み出されたことから、付けられたのは有名な話です。そのモカに味が似てるということで、エチオピアで作られてる豆にも「モカ」という名前がついています。
 南米のブラジルも、世界の3割という量を生産しているので、無視はできないのですが、ブラジル豆というのは、味わいがのっぺりとしていて、これと言った特徴がありません。中米豆の、スッキリした爽やかさといった味わいもありません。とりとめのない、平凡な味わいです。そんなことから、ストレートで飲まれるということはあまりなく、コロンビアや、他の豆などと混ぜ合わせて、ブレンド豆として使われることが非常に多い豆です。
 豆の種類について勉強は、そろそろ終わります。この話も、詳しく話し出すと切りがありません。

 ただし、もう一つだけ、豆の種類の話をさせて下さい。
 実は、地球上で栽培されてるコーヒー豆の苗の起源は、2種類あります。
 アフリカのエチオピア原産の「アラビカ種」というもの、それからアフリカのコンゴ原産の「ロブスタ種」というものです。
 先ほどから私が話しているコーヒー豆の苗は、そのほとんどが「アラビカ種」の仲間についてです。これは、総生産量の8割を占めているので、私達が喫茶店で飲むコーヒーは、だいたいこのアラビカ種の豆だと考えてよいでしょう。
 このアラビカ種は、香りもよくて、酸味も甘みも上質な味わいがあります。ただし、病害に弱くて、栽培に手間暇が掛かるという欠点があります。私達が、ヨシダコーヒーなどで買う、100g500円くらいもするコーヒー豆は、みんなアラビカ種です。
 ところで、皆さん、スーパーなどで、一袋300gほど入ったコーヒー豆が、300円とか400円くらいの値段で「レギュラーコーヒー」として売られているのを見ると思いますが、不思議に感じませんか?
 ヨシダは100gで500円、レギュラーコーヒーは100gあたり100円。いくら大量に買い付けても、これは無理な話です。
 実は、先ほど話した「ロブスタ種」という苗なのですが、こちらは病害に強く、耕作にあまり手間暇がかかりません。機械などを使って広い地域で耕作できるので、安価に大量生産することができます。ただし、香りはあまりよくありません。でも、抽出すると濃いコーヒーの味わいが出ます。どの地域でもアラビカ種と並行してロブスタ種は栽培されてますが、ベトナムなどの国では、このロブスタ種のコーヒー豆を大規模に作り、世界に輸出してます。これらは、安価なレギュラーコーヒーの原料になったり、インスタントコーヒー、缶コーヒーの原料になっているというわけです。
 
 さて、再び焙煎の話に戻ります。
 最初は小さな鍋で手焙煎、やがてガス器具を使った少額な焙煎機を購入して、毎回200gほど焙煎してたのですが、もっと本格的な機械で焙煎したいと考えるようになりました。
 大きな機械というと、日本では富士珈機という会社から、1kg、3kg、5kg、10kg用なんて業務用の大きな機械を販売していますが、3k釜でも200万円以上もします。とても素人が趣味で購入できる代物ではありません。
 そんな折、今から6年程前ですが、たまたま喫茶店の「琥珀」がお店を閉じるという新聞記事を見つけます。
 それで、思い切って琥珀に電話をして、店主の鈴木さんに、お店で使っていた焙煎機はどうするのですかと聞いてみました。すると、どうするアテもないので、とりあえずコーヒー業者に預けて、誰か欲しい人がいれば売って貰おうかと考えているという返事でした。それだったら、少額でもお金を払うので、僕に譲っていただけませんかかと頼むと、二つ返事でいいですよということになりました。30年前には、80万程で購入したけれど、もう十分元は取ったので、当時の一割の8万円でいいよという話でした。
 なにせ新品で買ったら200万円もする機械です。8万円で売ってくれるというのですから、その場で、ぜひお願いしますと約束させていただきました。
 店を畳む前に、鈴木さんの立ち会いで、実際に機械の使い方を教えて戴きました。その時に、鈴木さんから、他の店の味と違うように、コーヒー豆の味を際立たせる為に、わざと煎りを深くして、少し焦げ付いたような味に焙煎していたんだという話を聞きました。
 それから、俺は喫茶店をやろうという人に、この焙煎機を売るつもりはないともお話されていました。喫茶店をやるなんて、実はとても大変な仕事で、それで食っていくのは並大抵のことではない。だから、あんたは趣味でコーヒーの焙煎をするというから、機械を売ってあげるんだとおっしゃっていました。
 琥珀ほどの、帯広市内では有名がお店であっても、喫茶店を長く続けるというのは、並大抵の苦労ではなかったんだろうと、その時にしみじみと思いました。

 さて、その焙煎機を手に入れてから、だいたい毎月1回、1kgの生豆を自家焙煎して、毎日それをドリップしながら、それを夫婦で飲んでいます。
 豆は、先ほども言いましたが、中米の産地のものを購入してます。つい最近まで、カリブ海ドミニカという島で栽培されている「ドミニカバラオナ」という豆を使っていました。1kgで、900円ほど。10k単位で買っても8千円ほどの、とても安い豆でした。ブルーマウンテンだったら、100gで5000円以上はするので、その2割ほどの安い豆です。すっきりと爽やかな果実の酸味があって、とても飲みやすかったんですが、ここ最近、この豆が1kg、1500円ほどに値上がってしまいました。それで、最近は、もっと安い別の豆に変えています。

 話は横に逸れますが、実は昨今、コーヒー豆の値段が、全体に2割、3割と上がっています。
 それには幾つかの原因があるらしいのですが、コーヒーの産地で、病害虫が発生して、コーヒーの木が広く枯れるといった大きな被害を受けたこと。また干ばつなどの自然災害も発生したりしてていて、生産量そのものが落ちていると聞いています。
 それから、中国などの発展途上国で、今までコーヒーを飲まなかった人たちが、どんどん金持ちになって、コーヒーをたしなむようになり、大量に輸入をするようになったということもあります。そういうことで日本に入ってくるコーヒー豆の量が減っていたり、また世界の需要が増えたせいで元値が上がっていることもあります。さらには、最近の円高の影響もあると聞いています。そのせいで、AGFやネスカフェのなどのインスタントコーヒーも値上げをしたり、また自家焙煎の喫茶店に安い豆が入ってこなくなって、悲鳴を上げているなんて話も聞きます。

 さて話をまた、焙煎に戻しますが、薄緑色の生豆を熱していくと、5分ほど過ぎて、緑色が抜けて、白っぽくなっていきます。10分くらいから、少しずつきつね色になっていって、12、3分で、茶色になってくると、パチッパチッとハゼて豆が割れる音が聞こえます。これが1ハゼと呼ばれるものです。1ハゼが終わり、2分くらいすると、また次のハゼが起こります。これを2ハゼと呼んでいて、今度はピリッピリッと裂けるような音がします。このあたりで、豆は、コーヒーらしい焦げ茶色になってきています。
 この2ハゼが起こる前で火を止めると、いわゆる浅煎り(ハイロースト)といって、酸味の強い、アメリカンの味わいになります。
 ちょうど2ハゼの頃に火を止めると、中煎り(ミディアムローストとか、シティロースト)といって、微かな酸味と、僅かな苦みの、バランスの取れた、口当たりのよい優しい味わいになります。(僕は、このあたりの味は一番好きです)
 2ハゼに入って、1分、2分と炙り続けるうちに、だんだんと豆はチョコレート色のような焦げ茶色になっていき、苦みの強い味わいとなります。これが、深入り(フレンチロースト)というものです。
 高校時代に通った喫茶店の味を思い出してみると、「琥珀」や「飛鳥」、「街」など、どれもフレンチローストだったような気がします。昔は、苦みのあるコーヒーこそが、コーヒーらしい味わいであると受け止められていたんだろうなと思います。
 私自身は、個人的に中煎りの、酸味と苦みのバランスの取れた、口当たりのよいスッキリした味わいが好きなので、その辺りの焙煎にしています。
 ちなみに、コンビニのセブンイレブンでコーヒーを販売してますが、あれは完全なフレンチローストです。
  また、最近、アメリカから進出してきているスターバックス・コーヒーは、フレンチローストの豆を、エスプレッソという方式で抽出しています。

 エスプレッソというのは、沸騰したお湯を、細かく細粉した豆に、圧力をかけてコーヒー液を抽出する方法のことを指します。元々はイタリアの抽出方法だったのですが、そのエスプレッソに、蒸気で熱したミルクの泡を混ぜて、カフェラテとかカプチーノという飲み物にして売り出し、大都会では若者の集うカフェとして賑わっています。僕も、スタバは嫌いではないので、札幌に行くと、よく通ってます。
  ちなみに、最近は、コーヒー界のサードウェーブ(第3の波)と言って、アメリカのブルーボトルコーヒーというチェーン店が、最新流行として東京に進出してきました。ここは、お客さんの注文を聞いてから、豆を挽き、一杯ずつペーパーでドリップしてコーヒーを提供します。ちなみに、焙煎して48時間以内の豆しか使用しないそうです。
 まあ、時代はくり返すというところでしょうか? 1杯ずつペーパーで落とすなんて、昔から日本のコーヒー専門店なんかでは普通にやっていたことなのですが、それが最先端の流行となって、アメリカから日本に入ってきています。また、新しもの好きの若者が、ブルーボトルコーヒーの店先に、列をなして並んで待ってるとい話ですから、呆れたというか、わけが分かりません。

 さて、話はまた、焙煎に戻りますが、手焙煎そのものは、決してそんなに難しい技術ではありません。生豆と、ガス火と、ちょっとした手鍋さえあれば誰でもできます。この場所で、皆さんの目の前でやってみようと考えたのですが、この建物は、火気厳禁だということで、実演はあきらめました。 
 それで、先日、久しぶりに手焙煎したので、その時の様子をビデオに撮影したので、観ていただきたいと思います。その様子を観ながら、焙煎の実際について解説したいと思います。

 それでは、最後の話題、実際にコーヒー豆をドリップして、飲んでみたいと思います。
  ところで、単にドリップすると言っても、これまた幾つかの技法や、メーカーや種類があります。
 まずは、昔から喫茶店が行っていた布(ネルの布)を使ったネル・ドリップ。ネルは、油成分を通すので、フレンチローストなどの深入りの豆を、濃厚の味のままに入れるにはぴったりの方法です。ただし、ネルは、いつも水に浸して濡らしておかなくてはならず、管理がとても難しいので、私達素人向きの方法ではありません。私も、おもしろ半分で使った時期もありますが、結局、長続きはしませんでした。

 ということで、濾紙を使ったペーパードリップについて話をしたいと思います。
 昔は、三角の屋根を逆さまにしたようなの形のドリッパーを使う、メリタ式とかカリタ式という方法が一般的でした。
 メリタ式というのは、ドイツのメリタ夫人によって開発されたことから、その名前がきています。ドリッパーの底には1つしか穴が開いていません。
 3つ穴のドリッパーは、日本人が開発したもので、これはカリタ式と呼ばれています。
 抽出の味わいの違いですが、1つ穴のメリタ式は、お湯が抽出されるまで、ドリッパーの中にお湯がたまっている時間が長く、中煎りから深入りの豆の味わいをじっくり出すのにむいていると本に書いてあります。
 3つ穴のカリタ式は、お湯の注ぎ方で、浅煎りでも深煎りでも、どんな豆の抽出にも対応できると、本に書いてありますが、私の実体験としてはわかりません。
 私自身は、いわゆる円錐を逆さまにした一つ穴のドリッパーを使っています。こちらの方が、カリタ式などの三角形に比べて雑味が少なく、すっきりした味わいになると言われています。
  ところが、この円錐形にも、コーノ式とハリオ式の2種類があります。二つの大きな違いは、リブと呼ばれる内側の突起の線が、コーノ式は底の穴に向かって直線になっていますが、ハリオ式は、やや捻れるような曲線を描いて底の穴に向かっています。
 それによって、どのような味の違いがでるのか、これは僕の舌ではわかりません。
 ちなみに、僕が今最も気に入っている札幌の「徳光コーヒー」という自家焙煎のお店では、コーノ式を使って、一杯ずつコーヒーを淹れてくれています。
 また、帯広市内の、八中の近くにある「珈琲野郎」という自家焙煎の喫茶店でもコーノ式を使っています。参考にしてみて下さい。
 ところで、名古屋で「松屋式コーヒードリップ」という方法を考え出した人がいます。逆円錐の紙を使うのは、コーノ式、ハリオ式と同じなのですが、落とし方が全く違っています。
 これは、豆に熱湯を注いでから、フタをして5分ほどじっくりと蒸し、その後、コーヒーのエキス液だけを抽出するという方法です。ですから、例えば二人分のコーヒーを落とすとなれば、一人分だけのエキス液を抽出し、もう一人分の量の熱湯を後から追加するという方法をとります。この方法は、雑味が混ざらずに、コーヒーの美味しさだけがスッキリと抽出でき、口当たりも爽やかだと言われています。後ほど、この松屋式で抽出したコーヒーも試飲していただきます。

 ちなみに、コーヒーをドリップするお湯の温度は、どれくらいがよいかご存知ですか? 一般的には、90度くらいと言われていますが、その道のプロに言わせると、お湯が1度でも違うと、味も違ってくるそうです。ベストは85度だと言われています。(僕も、昔は水温計を使って、計りながらお湯を沸かしたりしましたが、そこまで神経質になるのは、やめました)ちなみに、熱いお湯ほど苦みが出て、温度が下がるほど、酸味が増して、さっぱりした味になると言います。
 また、コーヒー豆のひき方ですが、ペーパードリップは、あまり細かくせずに、多少粒子のある、中挽き程度が良いようです。これも、粉を細かくすると、苦み成分が強く出ると言われています。


 最後の最後に、コーヒーの医学的な効果について話をして、今回の講座を閉じたいと思います。
『たけしの健康エンターテインメント!みんなの家庭の医学』でコーヒーの効果効能について紹介されましたことがあります。
 まず、一つ目は、「糖尿病予防効果」です。2005年ハーバード大学が発表した研究結果によりますと、コーヒーを一定以上飲む人は、飲まない人に比べて糖尿病になる確率が、女性が30%減、男性が50%減となることが分かりました。
ちなみに、カフェイン入りとカフェイン無しと比較すると、カフェイン無しの場合は、女性で20%、男性で30%低くなったとの発表もありますので、カフェインなしのコーヒーよりもカフェイン入りのコーヒーの方が糖尿病の予防に効果があるようです。
 家庭の医学によると、食事の前後を含めて、1日に数回飲む事で血糖値の全体的な上昇が抑えられるそうです。


 その他のコーヒーの効果効能としては、自殺率の低下があります。
 ハーバード公衆衛生大学院が行った研究によりますと、1日に2~4杯のコーヒーを飲むと、男女共に自殺率が約50%低下することが明らかになっています。これは、コーヒーがセロトニン、ドーパミン、ノルアドレナリンなどの神経伝達物質の生産を高めることで、軽度の抗鬱剤として作用するためだと言われています。

 他に、脳が健康に保たれる効果があります。
 サウス・フロリダ大学とマイアミ大学の研究によると、65歳以上でカフェインの血中濃度が高い人は、濃度が低い人に比べてアルツハイマーの発症が2~4年遅いことが分かっています。

 また、コーヒーは肝臓に良いそうです。
 1日に少なくとも1杯のコーヒーを飲む人は、肝硬変を発症する危険性が20%低下するそうです。


 この他にも
「食事中に飲むと、消化を促進させてくれる」
「脳内の血流を良くすることで、偏頭痛を和らげてくれる」
「発ガンのリスクを低下させてくれる」
「ボケやパーキンソン病の予防にもなる」
 などの効果があるとされています。

 ぜひとも、健康で悦楽的なコーヒーライフを楽しんでいっていただければと思います。本日は、ご静聴、どうもありがとうございました。