ライターズ・ノート(中編小説)

★「夢のかけら」

 この①「夢のかけら」、そして②「レフト・アローン」、③「風のいたみに」というのは、全3部作の繋がった小説群です。(僕は勝手に「東京三部作と呼んでいます)

 ところで、市民文藝の掲載順(小説を書き上げた順番)は、②「レフト・アローン」、③「風のいたみに」、①「夢のかけら」というように、順序が狂ってしまっています。

(これには、色々と深ーいワケがあるのですが、それを詳しく書き始めてしまうと、それだけで一篇の小説になってしまうので、ここでは簡単に説明します。)

 ひとことで言えば、市民文藝に小説を投稿し始めた頃の僕には、①「夢のかけら」を書き上げるだけの力量が、まだ十分に備わっていなかったということなのです。②「レフト・アローン」と③「風のいたみに」を書き上げて、ようやく①「夢のかけら」を書くだけの筆力レベルに到達出来たということです。

 ところで、これらの3部作のベースは、全て僕の体験に負っています。もちろん、小説ですので、実際の経験そのものではないですし、かなり色濃く粉飾、創造(想像)してる部分も多々あります。

 「夢のかけら」は、「メタモルふぉーず」という神保町付近にあった編集プロダクションでの経験がベースになっています。この編集プロダクションは、名称を変えてはいますが、今でも小さな出版社として神保町に存続しています。

 この里美のモデルとなっている声優さんとの出会いもあったのですが、残念ながら、一度だけインタビューをして、それっきり再会することはありませんでした。(とっても爽やかで、素敵な女性でした。)

 今頃、彼女、何してるのかなあ・・・

 ところで、主人公が仕事を請け負っている出版社ですが、これは現在でも馬込に本社があります。 (ここまで説明すれば、何という出版社かわかりますね?)

 小説の中では、そこの副編集長から引き抜きを誘われるのですが、そんなことは実際にはありませんでした。(もちろんですが・・・) 

 

 

 

★「レフト・アローン」

 まあ、いわばこの作品が、僕にとっての本格的な小説第一作目ということになります。

 高校生の頃に、「よし小説を書こう」と心に決めてから、他人に読んでもらえる作品にたどり着くまで、なんと20年近くも要したということです。(まあ、ひと言で言えば、もともと小説を書く才能が、それほど備わっていなかったということになるのですが・・・笑)

 この作品を書いていた頃、娘と息子は、まだ小学校低学年と保育所で、子どもたちが寝静まった夜9時過ぎから12時くらいまで、小さなダイニングテーブルに向かい、パチパチとワープロのキーを打ち続けていた記憶があります。(当時は、富士通のオアシスでしたね)

 書きながら、こんな小説が果たして「市民文藝」に載せてもらえるんだろうかと、いつも疑心暗鬼に陥っていました。でも、良い作品を書き上げれば、きっと入選させてもらえるだろうと、自分の弱い気持ちを叱咤激励してなんとか書き続けました。

 じつは、この作品、書き上げた時は、原稿用紙で120枚くらいありました。図書館に送ると、枚数オーバーなので受け取れませんという返事があり、すぐに20枚分ほど削って、改めて送り直しました。

 10月に、新聞紙上で、入選者の中に自分の名前があるのを見つけて、飛び上がるほど嬉しかった思い出があります。

 小説を書いてる間、いつもヘッドフォンで音楽を聴いてました。ロックやジャズなど気ままに聞き流していたのですが、たまたまマル・ウォルドロンの「レフト・アローン」を聴き、まるでこの小説の主人公そのものだなと感じて、そのまま小説のタイトルに拝借してしまいました。

 さて、この小説の舞台となっている「流星出版」ですが、今は倒産してしまった「奇想天外社」がモデルになっています。小説の中で、主人公が編集長からクビを言い渡される場面がありますが、あれは実体験です(笑) いやあ、今は笑って思い返せますが、あの時は、本当にショックでしたよ。

 あの会社で働いていた当時、いろんな若いマンガ家さんとお会いする機会がありました。かの大作家・大友克洋さんをはじめ、鈴木翁二さん、吾妻ひでおさん、若くして亡くなられた坂口尚さん、福山庸治さんなどが、今でも記憶に残っています。

 低い収入の中で、それでも必死に良い作品を生み出そうと孤軍奮闘されている彼らの姿が、作中のマンガ家に投影されているのかもしれませんね。

 この作品は、12月の末頃に書き始め、2月くらいに完成しました。僕は、冬になると創作意欲が高まってくるタイプなのかもしれません。今でも、夏よりも冬の方が、創作活動へのエネルギーが高まってきます。まあ、外が寒くなると、家の中にこもるしかないですからね・・・(笑)

 

 

★「風のいたみに」

 東京三部作の最終作にあたる作品です。

 この小説に出てくる「湘南プレス」という事務所には、モデルがあります。「湘南通信」という小さな会社で、「BIGIN」という、ミニコミ誌を発行していました。(4,5年くらいで倒産して、なくなっている筈です)

 僕は、そこで半年ほど編集者として働きました。この小説は、そのときの体験がベースになっています。  

 僕も、小説の主人公のように、中古の50ccのバイクに乗って、湘南海岸一帯を取材して回りました。

 今でも、当時の海岸線沿いの風景だとか、江ノ島の島影だとか、潮の香りをいっぱいに湛えた海風だとかを、鮮烈に思い出すことができます。 

 ところで、「夢のかけら」の物語構想を練っていた当初、主人公の「僕」が、夢破れて北海道・帯広にに帰ってくるという結末は予定していました。

 でも、3作目になって、具体的に話がこんなふうに展開してくるなんては、じつは僕自身予想していないことでした。特に、里美という女性の生き様については、書き進めながら、物語が自然に進んでいったという感じがします。(ちょっと残酷で、悲しい結末になってしまいました。本当は、ちゃんと幸せになってもらいたいヒロインだったのですが)

 この小説もそうなのですが、「市民文藝」に作品を投稿し始めた頃の小説は、どれもこれもが暗いものばかりです。

 今よくよく考えてみると、あの当時、自分の中に溜まっていた過去の辛い記憶を、そういった暗く残酷な物語という形で外側に吐き出すことで、なんとか自分の心の浄化を図っていたような気がするのです。

 別な言い方をすると、そういう暗い記憶たちが、物語という姿を纏って僕の外に出ることを強く望んでいたのだろうと思います。

 50代の今の僕には、もうこのような小説を書くことはできません。10代から20代にかけての辛い思い出を、まだ生々しく引きずっていた30代だったからこそ、書くことができた作品群なのだと思います。

 

 

 

 

★「ムーンライト・セレナーデ」

 「市民文藝」に小説を投稿するようになって4作目の小説です。これも大学時代の自身の体験がベースになっています。(もちろん、かなり脚色はしてますが)

 僕は、この小説の主人公と同じように、大学1年生の時に一目惚れをしてしまった女性がいて、4年間ずっと彼女のことを一方的に想い続けました。まあ、一言で言えば4年間に渡る片想いだったわけですが、実際のところ話はそんなに単純なものではありませんでした。 

 ここに書いた物語よりも、もっともっと複雑な事態が発生して、僕を悩ませたり苦しめたりしました。(本当に辛い4年間でした)

 4年後に彼女は大学を卒業していきました。(僕は、5年間かかって大学を卒業しました)

 彼女が、大学を卒業する直前に、喫茶店で2時間ほど話をしました。朝から冷たい雨が降る日のことで。あのときのことは、まだ今でも鮮明に記憶してます。

 それが、彼女に会った最後です。

 そのことを小説に書こうと思い立ったわけですが、4年間の出来事を100枚の小説になんかまとめることなんて、もちろんできませんでした。で、結局のところ、なんとなくあらすじを追っただけの小説になってしまいました。

 書きながら、なんて僕は暗い大学時代を過ごしたんだろうって、そんなことばかり考えていました。書いていると、あの頃のことが蘇ってきて、書いている僕自身も、当時の暗い気分に完全に引きずり込まれてしまいました。

 書き終わってから、もう二度とこんな暗い小説なんて書くものかと決心したくらいです。

 ところで後日、市民文藝でカットを書いていた女性が、この「ムーンライト・セレナーデ」を読んで、とても心を動かされたと真剣な顔で話してくれて、かなり驚いた記憶があります。

 こんな、個人的で、暗い小説でも、人の心に何らかの感動を与えることができるのかと、自分でも不思議な気がしました。

 

 

★「君の声が聴こえる場所」

 それまで自分の体験をベースにした小説を書いてきた僕が、始めて完全な想像による小説に挑戦したのが、この作品です。寄席の三題噺ではないのですが、「狂った妻」、「若い女性との不倫」、「その女性の妊娠」という3つの題目を決めて、物語を織り込んでいきました。

 書き上げた段階で、成功したのか失敗したのは、自分では判断がつかない作品でした。

 ところが思いもよらず、この作品で「市民文藝佳作賞」を戴くことになったり、また「文学界」の「月例同人誌評」では、「今月のベスト5」に選ばれたりもしました。

 書いた本人が、必ずしも最善の読者ではないんだということを思い知らされたような気がします。

 ところで、この小説のタイトルですが、未だに「失敗」だと感じています。というのは、このタイトルと、物語世界が緊密に繋がっていないからです。

 でも、この作品に限って、いくら考えても一つもよいタイトル名が浮かんでこなかったんですよね。それで、やむを得ずというか、最後の手段というか、村上春樹のデビュー作のタイトルを、なんとなくいじくり回して無理矢理作ってしまいました。

 この小説のタイトル、どんなのが相応しいと思うでしょうか?(他人に聞いちゃだめですね。その時点で、作家失格です)

  

 

★「永遠色の夏」

 僕が市民文藝賞を戴いた作品です。

 じつは、この小説は、ロバート・R・マキャモンの「少年時代」の影響を受けて書き始めたものです。彼の「少年時代」は、懐古的でありながら、幻想的でかつ夢や温もりに溢れている小説です。

 それまでずっと大人の男女の恋愛ばかり(それも暗い小説ばかり)書いていた僕ですが、この小説を読んで、少年を主人公に懐かしく温かい小説を書きたいと切実に思い、自分の少年時代(小学校2~3年生頃)の出来事を思い出しながら書いたものです。

 もちろん小説ですから、物語自体は作り物の部分が多いのですが、昭和30年代中期の帯広の自然や風物などについては、できるかぎり当時の雰囲気を再現するように心がけました。

 とろろで、この小説の最初の頃に出てくるエピソード(不良少年達に路地に連れ込まれて往復ビンタされてしまう)は、実際の経験を踏まえてます。

 あの事件は、まだまだ純粋無垢だった幼い少年の僕にとって、心底動揺するようなショッキングな出来事でした。

 

★「天国への階段」

 僕が「市民文藝」誌上で発表した小説の中で、比較的評判が良かったのが、この「天国への階段」です。

 小説のタイトルは、ご存じレッド・ツェッペリンの名曲「天国への階段」(Stears to Heven)から持ってきました。

 レッド・ツェッペリンが、最も活躍していた70年代前半を時代背景に、当時の高校生の生態といったものをテーマに書いた作品です。

 その当時、僕は高校で「文芸部」に所属して、詩を書いたり短い小説めいたものを書いていました。その時の1年後輩の男子部員から聞いた話が、実は「天国への階段」のベースになっています。彼の話は、市内の高校生を対象に開催された「カメラ講座」で、某高校の女子生徒と親しくなったという内容でした。

 自分の高校時代の話を書こうと考えていた時に、ふと彼の話が蘇ってきて、そこにいろいろなエピソードを繋げながら、物語を織り上げていきました。

 小説の中で登場ずる、病気のために卒業できずに留年を続けている高校生は、実際に僕のクラスにいた人物をモデルにしています。

 僕が高校に入学した頃、まだ学生運動の余波が校内にも残っていて、その後の、無目的でやるせない雰囲気も、同時に蔓延していました。

 そういった中で、生きる目的や実感というものを感じられずに孤独に生活している男子高校生というものを描きました。

 男子高校生と女子高校生のセックスの場面もあったりして、たぶん「市民文藝」の編集委員の方には評価されないだろうという予想はありました。でも、高校生の実態なんて、実際はこういうものだし、それをあえて隠すこともないだろうと思って投稿しました。

 予想通り、編集委員の方の感想は、あまり良いものではありませんでした。ただ、たった一人だけ(僕と同じ年の若い編集委員の方が)僕の作品を好意的に評価してくれて、とても嬉しく思いました。(彼とは、今現在でも、おつきあいがあります。)

 ところで、ここに登場する主人公の高校生は、ある意味、僕の分身でもありますし、実は、村上春樹氏の「ノルウェイの森」の主人公の影も背負っています。

 別に意図的ではないのですが、やっぱり僕の書く小説は、村上春樹氏の影響から逃れられないのかもしれないのですね。

 

 

 

★「愛してると云ってくれ」

 この小説は、公に発表された中編小説としては、僕の最新作にあたります。(平成23年3月発表)

 原稿用紙で、おおよそ54枚ほどになります。これくらいの枚数は、一般的には短編小説の部類に入るのかもしれません。ただし、このホームページでは短編小説の範疇を、勝毎に掲載している16枚の小説をメインにしてるので、それと区別するために、あえて「中編小説」に仲間入りさせました。

 さて、この小説を書いたのは、昨年(平成22年)6月から9月にかけてのことです。

 実際には、6月のほぼひと月で書き上げました。書き上げて、しばらくハードディスクの中に眠らせておきました。それで、図書館に原稿を送るために、9月になって読み返したのですが、色々と感じるところがあって、最後のエンディングの場面を大幅に書き換えました。ですから、最終的には3ヶ月ほどかかって仕上げたことになります。

 当初の、この作品のテーマは「罪と罰」でした。

 人妻を愛したことが原因で、彼女は、その夫に殺されてしまう。彼女を死なせてしまった「罪」に対して、どのような「罰」を受けなければならないのか・・・というのが、当初に立てたテーマでした。

 そして、そのテーマに沿って小説を一旦は書き上げます。ですから、当初のエンディングは、発表した作品とはかなり違っていました。

(当初の作品では、主人公の男が、浮気をしている妻のホテルに入っていて、その部屋の前で妻に声をかける場面で終わっています)

 でも9月に読み直したとき、僕は、小説としての面白さに疑問を感じました。「この小説の終わり方は、こんなんじゃない! もっと、この物語にふさわしいエンディングがある筈だ!」、と。

 そして、思い切って書き直しました。

 書き直して思ったことは、「このようなエンディングを、この小説は最初から求めていたんだ」と(これは、作家特有の感覚なのかもしれなせん)

 

 さて、お気づきの方もいらっしゃると思いますが、この小説は、いろいろな所で「村上春樹作品」へのオマージュとなっています。村上春樹作品の、登場人物だとか、作品名だとか、そんなものを散りばめてみました。まあ、そのこと自体は単なるお遊びであって、作品のテーマ自体とは直接に関係するものではありません。でも、そんな部分も楽しんで読んでもらえたら嬉しいかなって程度の話です。

 それから、タイトルの「愛してると云ってくれ」というのは、十勝出身のシンガー・ソングライター中島みゆきの「愛していると云ってくれ」からいただきました。「い」を省かせていただきましたが・・・(笑) 

 これ、著作権にひっかるのかな(笑)